賃貸の退去費用はいくら?請求額を左右する原状回復・清掃費・敷金の見方
賃貸住宅の退去費用に全国一律の定価はありません。実際の支払額は「借主負担となる原状回復費用+契約で定めた清掃費など+未払い債務-返還される敷金」で決まります。
普通に暮らして生じた日焼けや家具の設置跡まで、すべて借主が新品に戻す費用を負担するわけではありません。一方、故意・過失による傷や清掃を怠ったために生じた汚れ、契約書に明記された特約などは請求に影響します。
この記事は、2026年8月1日時点で確認できる国土交通省、法務省、国民生活センターの公開情報をもとに整理しています。
- 退去費用には全国共通の一律料金がない
- 経年変化と通常損耗は、原則として貸主側の負担
- 借主負担でも、補修範囲と経過年数を確認する
- 敷金ゼロでも、退去時の請求がなくなるとは限らない
退去時に支払う総額はどう決まる?
請求書の合計だけでなく、費目ごとの負担理由と敷金からの控除額を見ることが重要です。
退去時の精算は、次のように分解すると確認しやすくなります。
退去時の追加支払額 = 借主負担の原状回復費用 + 契約上の清掃費など + 未払い賃料等 - 返還対象の敷金
敷金のほうが控除額より多ければ差額が返還され、控除額が敷金を上回れば追加請求が生じる可能性があります。敷金を預けていない物件では、借主負担分がそのまま請求されることがあります。
原状回復費用
原状回復費用は、壁紙、床、建具、設備などの損傷を直す費用です。ただし、原状回復は「入居時とまったく同じ状態へ戻すこと」ではありません。
国土交通省のガイドラインと賃貸住宅標準契約書では、費用負担の一般原則を次のように整理しています。
- 借主の故意・過失、善管注意義務違反、通常の使い方を超える使用による損耗:借主負担
- 建物や設備の自然な劣化、通常の生活で生じる損耗:貸主負担
この区分は、2020年4月1日に施行された改正民法でも基本的なルールが明文化されています。
ハウスクリーニング費用
ハウスクリーニング費用は、名称だけで負担者を判断できません。
通常の清掃をして退去した場合の一般的な清掃費なのか、手入れを怠ったために必要となった特別清掃費なのか、契約時から借主負担とする特約があるのかを分けて確認します。
契約書や重要事項説明書では、次の記載を探してください。
- 定額か、部屋の広さに応じた金額か
- 消費税込みか、税別か
- 通常清掃をしても必ず負担する費用か
- エアコン内部洗浄などが別料金か
- ペット飼育や喫煙に関する追加条件があるか
解約に伴う別の費用
原状回復以外の金額が、退去時にまとめて精算されることもあります。
- 解約予告期間に足りない分の賃料
- 契約期間途中の解約に関する違約金
- 鍵や備品を紛失した場合の交換費用
- 未払い賃料、共益費、水道料など
- 残置物の撤去費用
これらは原状回復費用とは根拠が異なります。請求書では一括して「退去費用」と見ず、項目を分けて確かめましょう。
借主負担と貸主負担の境目
判断の中心は、損耗が通常の生活で生じたものか、借主の行為や手入れ不足で広がったものかです。
国土交通省のガイドラインが示す一般的な考え方に沿うと、代表例は次のように整理できます。ただし、実際の判断は損傷の原因、程度、契約内容によって変わります。
貸主負担とされるのが一般的な例
- 日照による壁紙や床の変色
- 家具を置いたことによる床やカーペットのへこみ
- テレビや冷蔵庫の後ろに生じた通常範囲の電気焼け
- 建物や設備の耐用期間に伴う自然な劣化
- 次の入居者を確保するために行う設備交換や化粧直し
通常どおり住んでいて避けにくい変化は、毎月の賃料に含まれるものとして貸主側が負担するのが基本です。
借主負担になり得る例
- 引っ越し作業などで付けた傷
- 不注意で飲み物をこぼし、放置して生じたシミやカビ
- 結露を放置したため拡大したカビや腐食
- 喫煙によるヤニ汚れや臭い
- ペットによる柱や壁の傷、臭い
- 鍵の紛失や不適切な使用による設備の破損
同じ「カビ」でも、建物側の不具合が原因なのか、換気や清掃をせず放置したのかで判断が変わります。原因を確認せず、汚れの存在だけで負担を決めることはできません。
ここがポイント: 原状回復の対象は「部屋全体を新品にする費用」ではなく、借主に責任がある損傷を、必要な範囲で回復する費用です。
壁紙や床の請求は経過年数と補修範囲を見る
借主に責任がある傷でも、新品への交換費用を常に全額負担するとは限りません。
国土交通省のガイドラインは、借主負担を考える際に経過年数を取り入れ、年数が長いほど貸主側の負担割合が増える考え方を示しています。古い内装を新品に交換すれば、物件の価値が高まる部分まで借主が負担することになるためです。
壁紙は「全面張替え」かどうかを確認
壁紙に借主責任の傷があっても、補修範囲は可能な限り損傷部分に限定するのが基本です。
国土交通省のQ&Aでは、壁紙の補修は平方メートル単位が望ましいとしつつ、色や模様を合わせる必要がある場合には、損傷箇所を含む一面分の張替え費用を借主負担とする考え方も示しています。
請求が部屋全体に及んでいる場合は、次を確認します。
- 傷がある場所と面積
- 一面ではなく部屋全体を張り替える理由
- 入居時点での壁紙の状態
- 入居期間と前回交換時期
- 材料費、施工費、諸経費の内訳
経過年数を考慮しない場合もある
すべての費用が、年数に応じて同じように減るわけではありません。
清掃費、消耗品、鍵の紛失に伴う費用などは、壁紙のような内装材とは性質が異なります。また、短期間しか住んでいなくても、故意・過失による損傷があれば負担が生じる可能性があります。
「長く住んだから無料」「古い部屋だから何も負担しない」と一律には判断できません。
敷金はいくら戻る?精算書の読み方
敷金は退去費用の定額前払いではなく、賃料など契約上の債務を担保するために預けるお金です。
法務省は、賃貸借終了時の敷金について、貸主が賃貸物の返還を受けたとき、未払い賃料や借主負担の原状回復費用などを差し引いた残額を返すという基本ルールを案内しています。
精算書を受け取ったら、少なくとも次を照合してください。
- 預けた敷金の総額
- 控除される費目と各金額
- 各費目を借主負担とする根拠
- 工事範囲、数量、単価
- 消費税と諸経費
- 返還額または追加支払額
- 振込予定日と振込手数料の扱い
計算例
次は精算方法を理解するための仮例であり、相場を示すものではありません。
- 預けた敷金:100,000円
- 契約に基づく清掃費:40,000円
- 借主負担と判断された補修費:25,000円
- 未払い賃料等:0円
この場合、単純計算では返還額は35,000円です。
100,000円-40,000円-25,000円=35,000円
ただし、清掃費特約の内容や補修費の負担範囲に疑問があれば、計算が合っているだけでは十分ではありません。控除の根拠まで確認する必要があります。
敷金ゼロ物件の注意点
敷金ゼロは、退去費用ゼロという意味ではありません。
入居時に預けるお金がないため、原状回復費用や契約上の清掃費が発生すれば、退去後に別途請求されます。契約時には初期費用だけでなく、退去時の定額費用や短期解約違約金も含めて総額を見ることが大切です。
クリーニング特約は金額と条件を契約書で確認
「借主が清掃費を負担する」と書かれていても、対象、金額、発生条件が分からなければ退去時の予算を立てられません。
国土交通省のガイドラインは一般的な基準であり、実際の賃貸借では契約自由の原則により特約が置かれることがあります。そのため、一般原則だけでなく、自分が合意した契約条項の確認が欠かせません。
契約前または退去前に、次の質問への答えを契約書上で探しましょう。
- 通常の使用でも清掃費を負担するのか
- 金額または計算方法が明示されているか
- 専有面積によって料金が変わるか
- エアコン、換気扇、水回りは基本料金に含まれるか
- 汚れが強い場合の追加料金はどう決まるか
- 費用は敷金から差し引かれるのか
特約の有効性は、条項の内容、説明、合意の状況などを踏まえて個別に判断されます。疑問がある場合は、特約があるというだけで直ちに納得せず、貸主や管理会社へ条項と請求の対応関係を確認してください。
退去前から精算までに必要な対応
最も有効な準備は、契約書と部屋の状態を記録で結び付けることです。
国民生活センターは、退去時に貸主側と一緒に部屋を確認し、写真やメモを残すよう案内しています。入居時の記録も、傷がいつ生じたかを判断する材料になります。
退去の連絡前
- 契約書、重要事項説明書、入居時チェックリストを確認する
- 解約予告期限と連絡方法を確認する
- 短期解約違約金の有無を確認する
- 清掃費、鍵交換費などの特約を抜き出す
荷物を搬出した後
- 部屋全体と傷・汚れを日付が分かる形で撮影する
- 水回り、収納、壁、床、天井、設備も記録する
- 貸主側との立ち会い結果をメモに残す
- 鍵や備品の返却数を確認する
- 内容に納得できない確認書へ、その場で安易に署名しない
精算書を受け取った後
- 「一式」だけでなく、数量・単価・施工範囲を確認する
- 入居時からあった傷が含まれていないか照合する
- 通常損耗や経年変化が借主負担になっていないか確認する
- 特約にない費用が追加されていないか確認する
- 不明点は電話だけで終わらせず、メールなど記録が残る方法で質問する
高額請求を受けたときの確認手順
納得できない請求には、感覚的に「高い」と伝えるのではなく、費目ごとの根拠を求めます。
国民生活センターによると、賃貸住宅の原状回復に関する相談は、2024年度に13,277件がPIO-NETへ登録されました。敷金が返還されない例だけでなく、敷金を上回る請求を受けた例もあります。
確認は次の順番で進めると論点を整理しやすくなります。
- 精算明細、見積書、損傷箇所の写真を求める
- 各費用が原状回復、特約、未払い債務のどれに当たるか確認する
- 通常損耗、経年変化、借主責任の区分を確認する
- 補修範囲と経過年数の考慮方法を質問する
- 契約書と国土交通省ガイドラインを示して話し合う
それでも解決しない場合は、最寄りの消費生活センターにつながる消費者ホットライン「188」へ相談できます。金額や争点によっては、法律相談、民事調停、少額訴訟などを検討する余地もあります。
よくある疑問
退去費用の相場はいくらですか?
全国一律の相場だけで、自分の負担額を判断することはできません。部屋の広さ、損傷の原因と範囲、入居期間、設備の経過年数、契約上の特約、地域の工事費などが異なるためです。
相場との比較より先に、請求の内訳と契約上の根拠を確認してください。
自分で清掃すればクリーニング費用は不要ですか?
契約内容によります。通常の清掃をしていても定額のクリーニング費用を負担する特約があれば、請求される場合があります。一方、特約とは別に、清掃不足による追加作業費が計上されることもあります。
基本料金と追加料金を分けて確認しましょう。
立ち会いで署名したら、請求額は確定しますか?
書面の文言によって意味が異なります。単なる部屋の状態確認なのか、負担項目や金額への合意まで含むのかを読み分ける必要があります。
金額が空欄、または負担範囲に異議がある場合は、署名前に説明を求めてください。
見積書ではなく請求書だけ届いた場合は?
工事項目、数量、単価、施工範囲、借主負担とする理由を確認します。「原状回復工事一式」だけでは判断しにくいため、明細や写真の提示を求めるのが実務的です。
退去費用で最後に確認する7項目
金額そのものより、金額が決まる過程を確認できるかが重要です。
退去の連絡をする前に、次の7項目をそろえておきましょう。
- 解約予告期限と短期解約違約金
- 清掃費などの特約と金額
- 入居時からあった傷の記録
- 退去時の写真と立ち会い記録
- 原状回復費用の明細と施工範囲
- 経過年数をどう考慮したか
- 敷金からの控除額と返還予定日
退去費用は、部屋を明け渡した後に初めて考えると確認材料が不足します。次に見るべきなのは、退去立ち会いの日程ではなく、まず手元の契約書にある「原状回復」「特約」「敷金」「解約」の4項目です。
